アーカイブ香取遺産 Vol.211~220

更新日:2024年4月22日

アーカイブ香取遺産 Vol.211~220

Vol.211 下総名勝図絵にみる眺望

 香取市域の江戸時代の様子を伝える地誌に「下総名勝図絵」があります。松沢村(旭市清和乙)の名主を務めた国学者である宮負定雄が天保14年(1843)から嘉永6年(1853)にかけて千葉県北部を旅行して訪れた寺社や町の眺望、伝承をまとめたものです。書中の絵図には詳細な書き込みがされているため、本書は現存しない建物や石碑を記録した貴重な資料として知られています。
 香取市域では、香取神宮の桜の馬場、佐原の諏訪神社と石尊山、大戸神社、大倉の側高神社、阿玉川の仙元山、小見川の小見山・浅見山等の高台からの茨城県方面への眺望が多く紹介されています。それぞれの絵図には手前に展望台となる山と当時の眼下の家並みが書き込まれ、奥には鹿嶋市・潮来市方面の台地や湖沼、筑波山等の遠景が描かれています。

 このうち阿玉川の仙元山は阿玉川地区の小字仙間に接した山ですが、現在は一部が掘削されたため宮負が眺望を記録した地点は立ち入ることができません。小見川の小見山・浅見山は、現在は城山と呼ばれています。山裾の分郷地区に浅間下の小字があり江戸時代の呼び名の名残です。
 宮負は香取神宮の桜の馬場からの十六島方面への眺望を「景色最佳し」と称しています。現在では桜と紅葉の名所として知られる場所からの眺望で、手前には津宮地区の家並み、奥には水郷一帯に帆船が行き交う様が描かれています。
 「下総名勝図絵」は、もとは手書きの個人の記録で限られた人しか見ることができない資料でしたが、現在では刊本となり図書館で閲覧できます。

Vol.212 国史跡「下総佐倉油田牧跡」と地名

 かつて九美上地区周辺の広範囲に、油田牧という馬を放牧するための牧がありました。牧は江戸幕府が整備した馬牧のことです。房総半島には大きく分けて、佐倉七牧、小金五牧、嶺岡五牧の3カ所が置かれました。油田牧は、その佐倉七牧の北東端に位置しています。
 油田牧範囲の西端に残されている野馬込跡(令和元年国史跡指定)は、年1回、野馬捕りの際に使われる土塁状の施設跡です。詳細は香取遺産Vol.156で紹介しています。

 遺構以外にも、野馬込跡周辺は駒込という小字になっているなど、地名にもその名残りがあります。牧と周辺村々の境には、馬や人の出入りを管理する木戸番が置かれましたが、九美上周辺には、木戸にちなむ小字も確認できます。木戸前・木戸脇(大根)、木戸前・毛ケ木戸(下小野)、野馬木戸(織幡)、古木戸(油田)、木戸脇(高萩)、野馬木戸(岩部)、木戸前(伊地山)といった小字で、こうした場所に木戸があったのでしょうか。その他、土手添(返田)、堀尻・堀尻台(大根)、堀志り(福田)といった小字も関連がありそうです。
 九美上という地名自体、明治2年に政府が牧跡の開墾事業を始めた際に、開墾順に数字を付けた比較的新しい地名です。ちなみに近隣では、七栄・八街・十倉・十余三といった地名もあります。

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